相対リスクと絶対リスク


数百人という患者数が書かれていますが、大切なのはその「分母」です。たとえばベラルーシの女性を見てください。発生率は100万人・年(100万人を1年追跡した場合、または10万人を10年追跡した意味の疫学的な指標です)を分母として、1986年の原発事故前の1982−1985年は、わずか0.4人、それが3.9人、35.8人、55.1人と「激増」し、2001−2005年には58.1人と、初めの0.4を比べれば、58.1/0.4 で約150倍です。他の地域、性別で見ても、同じような傾向です。・・・とすると「甲状腺がん100倍以上に激増」は正しい情報と言えます。しかし、もう少し見てみると、「100万人のうちの58人」であることも事実なのです。


「100倍以上」と言われた場合と、「100万人のうちの数十人」と言われた印象は、受け手からするとかなり違うのではないでしょうか・・。少しだけ専門的で恐縮ですが、これが疫学で用いる2種類のリスク指標を使い分ける大切さなのです。「何倍」という指標は相対リスク、またはリスク比と言われるもので、100万人のうちの数十人という指標は、絶対リスクと言われます。相対リスクは、リスクの大きさを過大に伝えてしまう(意図的に、そのように使うこともあります)傾向があるので、決してウソではないのですが、注意が必要です。


読者の皆さんは「100倍に激増、しかしそれだけ増えても100万人のうちの数十人」という情報をどう思われるでしょうか? 「100万人に数十人」とは言っても、「その中の一人に自分や子供がなってしまったら・・」という気持ちもあるかもしれません。しかし、間違いなく、普通に暮らしていて、交通事故に会う方が高い確率でしょう。そして、もう一つ、この甲状腺がんのデータは、「死亡」ではなく「発生」です。それは、つまり、甲状腺がんが多くなりそうな(・・といっても先ほどから述べているくらいの頻度)集団が分かっていれば、十分な定期検診を行って早期発見をして、適切な治療を行えば治癒する可能性も十分にあるということです。