演技


「あの人は、もう徹底的に化け切る。『ゾルゲ』の時は、『三國さんは撮影の数週間前からドイツ料理しか食べていない』という話が飛び込んできました。現場でも髪を染めて青いコンタクトレンズを入れて、『グーテンモルゲン』と言いながら入ってくる。そんな『憑依型俳優』を相手にどう太刀打ちするかを、こちらは考えなきゃならない。何も考えなかったら向こうにやられっ放しで『あいつは芝居のできん奴だ』と言われますから。
 そこで僕は『全く演技しない』という対応をしました。相手は徹底して準備をして作り込んでくる。それなら、こっちは身ぶり手ぶりもしない。声も荒らげない。黙って相手の目を見ているだけ。後は三國さんのやりたいようにやらせる。
 すると、三國さんも気づいて、芝居を段々と調整してお互いちょうどいいところに落ち着くんです。こういうのは、どっちが勝っても負けてもいけない。一流のテニス大会の決勝に立っているような楽しさがありました。