アジャストメント

アジャストメント―ディック短篇傑作選 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-20)
まだ中学生の頃、SFMSFAの書評に、よく「ディックの現実崩壊感」なんて言葉が書いてあったのだが、厨房にそんなことの意味がわかる筈もなかった。
実際ディックは本当にわからなくて、しかも当時はサンリオSF文庫の全盛期、実は僕の初ディックは『ヴァリス』なのだった(笑) わからなくて当然だ。
でもいまは、その「現実崩壊感」というのが辛い現実への違和感から来たものだというのがよくわかる。それはいまの僕がディックと同じ負け犬だからだろう。



ディックの小説はどれも「こうだったらいいのに」という願望か、「俺が成功しないのは"ヤツら"の所為だ」という陰謀論から出来ている。
SF的な意匠はそれらを補強しようとする書き割りにしか過ぎず、短篇では瞬発力でどうにか乗りきれても、長篇だと整合性が上手く取れずに、物語は終わりごろにはバラバラになってしまう。
最近のハリウッドは、この瞬発力でどうにか乗りきったディックの短篇を買いあさってよく映画にしてるようだ。
マット・デイモン主演の、この『アジャストメント』という映画もそういうディック短篇を原作とする一本。
「運命調整局」という一種のタイムパトロールに翻弄される主人公という設定には、ディック作品特有のパラノイアめいた陰謀論が透けて見える。




晩年、ディックは書き割りがバラバラになることに一層耐えられなくなってドラッグに手を出すのだが、ドラッグは「現実崩壊感」を一層強めただけで、そのことでディックの作品自体はより昇華され僕らはより一層ディックのとりこにはなったけれど、ディック自身を救うことはなかった。